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7年目の記憶

このエピソードの元ネタは、昨年の オブラブ10周年イベント に先立って書いたものです。イベントでまさーるさんの話をしすぎてしまうと、いろいろ不都合があると判断したため、この文書自体も御蔵入りしていました。7年目の今日を迎えてたまたま見つけたのであらためて書き直して公開することにしました。

当時の自分のコメントは、今はなき、 生きてまのウェブアーカイブ を参照。


2005年4月25日から、今日で7年が過ぎた。昨年は出張で大阪に行く機会が多かったが、駅構内で見る「福知山線」の文字を見る度に、なんとも言えない感情が蘇える...。

記憶

2005年4月26日、当時僕は客先に常駐して仕事をしていた。mixiで@t_wadaの「胸騒ぎがする」という日記を見て、もしやと思った。そして...まさーるさんの名前を犠牲者リストの中から見つけた...。その後は動揺してしまって正直仕事に手がつかなかった。その日どうやって過したのかも覚えていない。多分、すぐにオブラブのMLに連絡をして、追悼ページ作ろうという話をしたのだろうと思う。平鍋さんにコメントをもらった。次の日4/27、出社してオブラブサーバのZope上で 追悼ページ を作った。当時ろくに動いていなかったZopeプロダクトをハックして作ったのだけ覚えている。

追悼ページを公開して、すぐに様々な方からのコメントが寄せられた。追悼ページには「会ったことがないけどいろいろ学ばせてもらいました」というコメントが多かった。僕は、2000年の京都のPerl/Rubyカンファレンスで、まさーるさんと助田さんのRubyUnitチュートリアル、 XPをはじめよう を受けた時に初めて御会いしたのが最初だった。以来、Webの記事にお世話になったのはもちろん、XP-jpのメーリングリスト、東京のイベントにこられた時にこちらから掴まえてお話させて頂いていた。「まさーるさんに直接御会いしてお話できたこと」の幸運さと「会ったことがない人に対しても文章で影響力を与えること」の意味にあらためて気づかされた。

そしてもっと驚いたのは追悼ページにソフトウェアエンジニアだけでなく、御遺族、お付き合いしていた女性、教え子、趣味の仲間といったさまざまな方が追悼コメントを寄せてくれたことだ。これらコメントの数々は「やっつけでも、こんなページを作ってよかった」と自分の涙腺を緩くするのに充分だった。人は亡くなって、その人がやってきたことの本当の価値がわかるのかもしれない。

特にプログラマーは、仕事の内容が一般の人には分りにくい職種だ。最近では華やかなサービスのローンチなどに携わっていれば別だが、日々お客様のシステムを構築している人々は裏方という位置付けで、人間が作りだした最も困難なシステムのひとつであるソフトウェアシステムに取り組んでいる。

この追悼ページは、まさーるさんというプログラマーが、日々どのように回りに影響を与えてきたかを表現していたのかもしれない。

遺産

その後すぐに、まさーるさんのブログである「Cotton Balls」や、Webページである「まさーるのページ」についての、コンテンツミラーの話を、まさーるさんの学生時代からの友人である助田さん(RubyUnitの作者)を通じて、御遺族とやりとりさせて頂いた。Cotton BallsやWebページははニフティのサービスを利用していたのだが、まさーるさんの訃報の後にすぐにアカウントが閉鎖されてしまって閲覧できなくなっていたと記憶している。そこに書かれている内容の価値を考えた時に、そのままアクセスできなくなるのはあまりに惜しいと考えてミラーのリクエストを打診してみた。御遺族との何度かのやりとりの中で、正式に許可を頂き元ファイルをもらいオブラブのサイトにUPした。今考えると、なんとあつかましいことをしたのだろうとも思う。それほど故人と親しかったわけでもなく、頼まれたわけでもないにもかかわらず。当時はそんな遠慮など感じなかった。そうしなければならないという衝動に突き動かされていた。

ちょうど同じ頃、まさーるさんの友人の森さん、助田さんも同様にコンテンツミラーを検討されていた。故人との関係を考えると、そちらが正で、オブラブは副という扱いで公開の許可を頂いた。それから7年後の2012年4月25日現在、森さんのミラーサイトは不通になっており、オブラブサーバーのZopeに突っ込んだファイル群が事実上、 まさーるさんのサイトのミラー として存在している。僕はオブラブスタッフから離れたけれど、現行のスタッフの人がコンテンツを見れるようにメンテナンスしてくれている。(つい数ヶ月前にコンテンツが見れなくなっていたのも直してくれた!)

そうそう、事故の直前に、たまたま、@kakutani と @t_wada が、まさーるさん作の、TDDを実践するJavaプログラマーのためのEclipse Pluginである QuickJUnit のコミッターになったのだと記憶している。2人は正式にQuickJUnitの後を引き継ぎ開発をして、その後、たまたま自分が採用面接を行い、チェンジビジョンに中途入社してきた@kompiroが、2人の後を引き継いでQuickJUnitのメインコミッターとなり現在でも開発を続けている。

TDDの魂は、@t_wada に受け継がれ、数々のエバンジェリスト活動と、TDD Boot Campという新しいムーブメントを巻き起している。まさーるさんが20世紀から着眼していた組織パターンは、私や@kakutani が2010年にアレグザンダー祭りでJim Coplien氏を招聘して講演してもらって以来、@kawaguti の尽力で毎年Copeが来日して組織パターンについてのトレーニングをしてくれるようになっている。

謙虚で偉大なプログラマー

まさーるさんは、とても謙虚な人だった。お見掛けするたびにこちらから積極的にご挨拶にいったことを思いだす。呑み会の席で「石井さんにXPJUGでお話してもらいたいんですよ!」と話をしても「いえいえ、自分なんか...」と謙遜されて断わられてしまう、そんな方だった。

2005年当時、まさーるさんは、悩みながらも37歳までプログラマーであり続けた。そして僕はまさーるさんを越えて40歳になり。悩みながら、もはやプログラマーとは自分から名乗れない今を生きている。mixiの中のまさーるさんは、今44歳。もし存命であったら、やっぱり、悩みながらプログラマーであり続けていてくれたのだろうか? Copeが毎年日本に来てOrgPatternの話してると聞いたらどんな顔をしてくれただろうか? RubyがISO承認されたと聞いたら、どんな顔して驚いてくれるのだろうか? Social Codingに触れたらどんなコメントをしてくれるのだろうか?

そんなことを考えながら、愛媛県松山市でまさーるさんの話を仲間にして、事故から7年後の2012/04/25を過ごした。

Agile Shimane 発足記念講演をしてきました

2011/10/13に島根県松江市で開催された、 アジャイルプロセス協議会 島根支部発足イベントの記念講演をしてきました。

松江市は昨年の9月〜12月まで、 Rubyビジネスモデル実証事業にコーチとして関っていたので、往復12時間かけて毎週通っていた思い出の地です。今回、記念すべき日に呼ばれたことは、とても嬉しいし有り難いことです。

松江と松山は、字が似ているというだけでなく、実は 松山市松江町という地名があるのですw そんな御縁もあり、今回の実証事業での御縁もでき、地方同士の連携を少しづつやっていければいいな、という想いを伝えてきました。今回は記念講演ということもあり、内容をパッショネート&アジテート寄りに倒したので具体的な話はありませんでした。今度松江にいく機会があったら、もう少し時間を頂いてワークショップをやりたいですね。また呼んでください!

来週10/22には岡山の オープンラボ岡山で、TDDについてちょこっと話してきます。11/4には、同じく岡山で アジャイルプロセス協議会 第8回 西日本セミナーにて、15分だけお話させて頂きます。そして、地元松山でも、10/29に アジャイル事例セミナーを開催します。

中四国地方を中心に、少しづつ輪を広げていきます!

XP祭り 2011に参加して(2)

XP祭りレポート続き。

今回、XP祭りで強く感じたのは、 受け継がれる というキーワード。

XPJUGは、創設こそテクノロジックアートの長瀬さん主導ではじまったけれど、動き出してからは、ずっと、そこのスタッフの想いで繋がれてきた。途中、何度も解散の話はでたけれど、その度に、「続ける」という選択をして続いてきた。XPJUGには、いわゆるプロダクトオーナーはいなかった。長瀬時代も、倉貫時代も、会長は「うん、それでいいんじゃない」という係。スタッフ全員がプロダクトオーナーといってよかったのかもしれない。

そんな中、2009年にスタッフの中で「XPJUGはXP祭りを開催するための団体である」という選択をしてから、正直どうなることか心配だった。しかも自分は、東京を離れるので、実質的に手伝うことができない。しかもイベント開催のためにスタッフを公募する、ときている。スタッフ集まらなかったら、開催できないじゃない(笑) でも去年は祭りが無事に開催されたらしい。らしいというのは、去年は松山にいて、XP祭りに参加できなかった。どんな雰囲気か、tweetをみているだけしかなかった。

そして今年、1年振りに参加してみた。古くからのスタッフ、新しいスタッフが、協力してイベントを作りあげている。新しい試みも、いっぱいしている。ワールドカベや、ワークショップの当日参加サインアップ、などなど。 やってる人が楽しそうだ。参加者も楽しそうだ。大人もいるし、子供もいる。セッションも同時平行開催という、規模の大きいものになっている。回文WSみたいな、わけわからんものもある。Scrumもある、XPもある、すべて手作り。懇親会も大勢が参加したらしい。とても全員とは話せないくらい。

「なんか、いいじゃない。というか、今までで、一番いいじゃない!?」

正直なところ、2009年の段階で、「XPJUGはもう役目を終えた」と感じていた。多くの勉強会コミュニティが立ちあがり、DevLOVEのような統合的なコミュニティもできた。その中で、少なくとも関東圏内においての、XPJUGの意義があるのか、疑問だった。唯一、意義があると感じていたのが「継続してきた歴史と、それゆえに集ってくれる参加者のため」だけだった。もちろん、XPJUGに「創設オーナーの言葉」なんてものはないし、結局そこにあるのは「その時にいるスタッフの想い」だけなのだけど、LTがあるとか、銅鑼を鳴らすとか、本を配るとか、こういった所作自体が、実はXP祭りでやってきたスタイルなんだよね。(今ではポピュラーになってしまってはいるけど) もちろん、こういった所作自体を無理に続ける必要もないし、どんどんアイディアを出して変えていけばいいのですが。

スタッフや参加者の皆へ、

「開催できて、よかったですか?」

「参加して、よかったですか?」

「来年(も|は)スタッフとして開催したいですか?」

「来年も参加したいですか?」

これらの問いに、すべて Yes という回答があるならば、また来年も是非開催してください。

最後に懇親会の二次会で、小井土さんがぽつりと漏らした言葉。

「10年後も、またこうやって呑みたいよね。」

本当にそう思う。その時には、今のスタッフや参加者の誰かの子供が発表者になってたら面白いよね。

常に人の入れ替わりがありながらも、何かを受け継いで、構成員のために、存在しつづける。これがコミュニティという組織なのかな、ということを感じた一日でした。

XP祭り2011に参加して(1)

XP祭り2011に参加しました。

元々、「社長パネル」なるものに呼ばれたので、行ってみたのですが、「松山から来てよかった」と感じた部分が多かったので、その部分を中心に書いてみます。

社長パネルは、「証人喚問」「羞恥プレイ」という形でしたが、質問内容が「XPJUG 10年について」とか「コミュニティについて」のような質問が多いのかと思ったら、思いのほか「社長」についての質問が多かったですね。自分で会社を作ったばかりで、雇う社員もいない会社の代表としては、答えるのが辛い、ピリッとしない内容になってしまったかなw 「社長業」をやってもいないのに、偉そうなことも言えないしねぇ。その点、私以外の方々の話は、経験に基づく非常にためになるものばかりでしたね。

実はXP祭りは、去年は松山にいて参加していなかったので、一年振り(?)なのですが、スタッフとして参加するのを離れた形で参加するのは初めてでした。(そりゃそーだ。設立からずっと裏方やってたから...) XPJUGのスタッフとして、ずっと一緒にやってきた、皆さん以外に、新しい顔(当然、他のコミュニティでは御会いしているのですが)を多くお見掛けして動いているのを見た時に、「自分がスタッフじゃない」というこれまでにない不思議な感覚を抱きました。

そしてセッション、事前に何に参加するかを考えていなく、ふらふら回っていた感想をざっくりと。

アジャイルを科学する

試みは面白いなぁと感じました。シンプルなモデルでどれだけ現実に近づけられのか、という観点で疑問の方もいらっしゃったようですが、この研究を通じて、「イテレーションの幅を決定するのに、どんな要因を考えねばらなないのだろう?」という問いに対しての具体的回答について議論が進めばいいですね。

Agile Buffet

ちらっと眺めたのですが、非常に面白いワークと感じました。教科書的にプラクティスを採用するのではなく、きちんとコンテキストを吟味した上でプラクティスを決定する、という点は、仮想PJを対象にしていながらも、実践的ですね。

実は、今年の4月の AgileJapan2011 愛媛サテライトでやった課題探究WSに似ているとも感じました。「課題探究WS」では「Agile Adoption Patterns」のAgileプラクティスのパターンを用いて、「既存の現場の課題」と、そのコンテキストやフォースを考えながら、解決できる方法を模索し、「深いコンテキストを引出すためのゲーム性」を取り入れたワークでした。手法は違えど、狙いは一緒だと感じました。これは是非、一度東京でやってみてフィードバックを得たいなぁ。

XP入門

当日まで開催することをまったく知らなかったのですが、午後のXP入門で「白本の読書会をやる」と聞いたので、フルで参加しました。

内容は、まず平鍋さんのXP白本に対する思い出、ポイントを聞いた後で、グループ事に書籍(あるいは用意されていたコピー)の指定箇所を読んで、気づいたこと、疑問点について話し合う、というスタイルでした。

平鍋さんの白本に対しての思い出は、それだけで、その場にいてよかった、という気が皆したのではないでしょうか。そして巻末のコメント付きリファレンスの解説については、「俺にもしゃべらせて」と地団駄踏んでました。その中で、平鍋さんが「メタファーは難しい」とおっしゃっていましたが、メタファーについては、 昔のオブラブイベントでワークショップをやっているくらい思い入れがあります。世間的にはユビキタス言語として受け継がれている、と理解されているようですが、実はKentのやりたかったメタファの使い方は、ユビキタス言語だけじゃないということを感じています。どこかでまとめないと。

XP白本は、初版は邦訳、二版は原著(邦訳も買ったけどなくした)を何度も読みかえしているのですが、それでもいろいろ新しい気づきがありました。特に「動的にチーム構成を変えていくんだ」という主張があったのには、新鮮な驚きがありました。また一行目の「XP is about social change」の部分は、皆解釈を悩んでいたし、その事について、グループディスカッションの中で自分の見解を述べたりしました。

「アジャイルからはじめる社会変革」という記事を、「Ultimate Agile Stories -Iteration 1」に寄稿しました。あらためて白本を読むと、私の記事はKentが白本で書いたことを、自分の言葉で、別のきっかけを通じて表現しただけだったのかなぁ、という気になりました。(上記の記事を書いている時には、白本の事は言及したものの、上記のフレーズについては一切考えていなかった) いろいろな想いがあって、自分で考えて書いたけれど、結局はまたKentの手の平の上で踊っていた、ということなのかもしれません。

もういちど、XP 2ndを最初から読み直したいと思うようになりました。そんな気にさせてくれた、XP入門を企画運営してくれたスタッフの皆さんありがとうございました。

AgileJapan2011 愛媛サテライト レポート(2) 自分の発表編

第一部に続いて、自分が当日担当した講演についてのレポート。

オープニング

この資料は、サテライトのオープニングの時間をとって紹介しようと思っていたのですが、そのような時間が取れず、自分の講演の時間に15分程の時間をとって話をしていました。時間の都合上すべての思いを話してはいないのでここに補足しておきます。

AgileJapan2011の開催一月前に、世界は "3.11" を体験してしまいました。そして日本人は、"After 3.11" をリアルタイムで体験しています。震災の後の原発事故という、世界にも稀に見る惨事と言えます。

私は幸いなことに愛媛に住んでいるため、余震の影響も受けていませんし、放射性物質の影響の低い立地にいます。しかし私の両親の実家は岩手の山中ですし、従姉妹や従兄弟は宮城県で被災し、遠縁は現在も行方不明です。

その中で、日本は世界に二つの姿、陰と陽の姿を見せたと感じています。

1つは としての日本の姿、つまり日本人の素養としての団結力です。災害の中にあっても、助け合い、略奪などは最小限で、組織的な行動を見せていた、という点です。これは世界に 日本の凄さ として改めて知らしめたと言えるでしょう。

一方、 としての日本の姿、つまり二次災害である原発問題での対応の遅さ、情報の隠蔽とその体質、それに起因する混乱、その結果として国内に留まらない世界的な放射性物質の排出を世界中に対して行ってしまいました。これは逆に日本の恥であり、これまで変えられなかった真実の姿がもたらした災害だとも言えます。

ここにAgileを絡めて考えてみると、陽の部分はAgileが基盤としている チームワーク を民族として体現したと言えます。そして陰の部分は、Agileが変えようとしている、修復すべき構造とその振舞い、その結果引き起こされた災害と言えます。言い換えるならば、日本が備えている資質と、既存のシステムの欠陥という二つの事実を、噂などではなく国民全員が目の当たりにしてしまったと言えます。

この事実を受入れて、ふりかえりをして、次に何をしていけばよいのか、これは国民全体の課題だと考えます。そしてAgileJapanに集った人にとっては、Agileで変えようとしている ワークスタイルの変革 の延長線上に 国レベルでののシステムの変革 があることに気づいて欲しいと考えています。

ここで、 たかがITの開発のやり方で何を言う という方もいらっしゃるかもしれません。

しかしここで忘れてはならないのは 当事者意識 です。ソフトウェアシステム開発の現場においても、役割の専門分化の結果、当事者意識の欠如、境界の中へのひきこもり、その結果として 自分達とあいつら(Us vs Them) という意識が多くの問題を生み出してきました。

それらの既存のロールや境界を一度整理した上で、より上位の共通ゴール(=価値提供)を設定し、そこに向かうための境界を越えた協調がもたらすチームワークがAgileの根幹を成しています。このことは、単なるITプロジェクトチームだけに留まらず、そのまま国レベル、地球全体レベルにまでスケールすると考えています。

言いかえると、 当事者意識を持った一人一人の考えや行動が、社会全体に影響を及ぼす ということです。

これまでの自分をふりかえってみて、どれだけ 社会システムについて考えていたか?原発については?どんな社会のあるべき像を描いていたか? そこに向けてどんな行動をしていたか? 持続可能性というキーワードを日々使ってはいたものの、そこにどんな具体性があって、何をしてきたのか?

人それぞれだとは思います。しかし 3.11 を経験してしまった我々は、もはや「誰かの責任」にして済ませてはいけないし、「誰かがうまくやってくれる」という幻想を抱いてもいけない、と私は考えます。 すべては自分を中心に、何を考え、何を行動をしていくか、に掛っていると考えざるを得ません。

...と、話を大きくしすぎても焦点がぼやけてしまうので話を戻すと、Agileを取り巻く業界の現状に戻った時に、現場で「何ができるのだろう?」という悩み、「周りに理解されない」 という不安、恐れ、諦めは往々にしてあります。このような時に必要なのが Fearless Change であり、一歩一歩進める漸進的プロセスです。このような時期にLindaが来日してくれた、というのは、必然なのだろうと感じました。

偶然にも、平鍋さんのオープニングトークでも、同じようなことを語っていたのは共時性を感じざるを得ませんでした。

講演とワークショップについて

今回のAgileJapan2011愛媛サテライトの実行委員内でコンテンツ検討の際にでた意見の中に「参加者の対象を広くとりたい」というものがありました。これは、まだ愛媛がアジャイル発展途上で、裾野を狭めたくない、という理由がありました。

逆にターゲットを絞った方が、具体的になり、より価値の高い内容になります。しかし今回は、敢えて「どの分野が対象領域でもカバーできる内容」を模索していきました。

いろいろ考えた末に、辿りついたのは「課題からはじめるアジャイル」というテーマでした。具体的に言えば、それぞれの立場の人が、仕事についての何らかの課題を抱えており、それぞれの課題についての解決策としてアジャイルのプラクティスを考えてみよう、というものです。自分が困っている部分についての解決策であれば、より自然に選択肢として組込まれるのではないか、という発想です。

そして、このアイディアは、私が2008年にAgile2008に訪れた時に出会った一冊の本がきっかけとなっています。その本は Agile Adoption Patterns 。著者のAmr Elssamadisy氏 は、今年のQConTokyoで来日予定でしたが、残念ながら来日がキャンセルになってしまいました。この本は、様々なアジャイルなプラクティスをパタンフォーマットで再構成して、どのような状況に、どのようなビジネス価値に効果があるのか、気をつけるべき点はなにか、を解説する、非常に示唆に富む内容になっています。

アジャイルはビジネス価値によって駆動されることが基本です。しかしその「ビジネス価値」とは非常に曖昧な言葉で、そのコンテキストによって内容が異なってしまいます。 [1] しかしここを明確にしておくことはとても重要です。なぜならその価値によって、何をするべきかが決まってしまうからです。「Agile Adoption Patterns」では、そのビジネス価値の複数の例を提示して明確にした上で、更にその価値が悪くなっている傾向である「匂い」(Smell)を提示します。そして、それらのビジネス価値の向上、匂いの解決に適切なAgileのパタンを採択するようにガイドします。

そのため、まず「自分達は何が困っているのか」から始めることで、どこから手をつければいいのかが、わかりやすく、小さく進めることができるという利点があります。何より重要なのは、「Agileというラベルのついた得たいのしれない何か」よりも、より具体的で、効果がわかりやすい、という点が、初心者や懐疑的な方に向いていると言えます。

[1]: 端的に言えば「どれだけ儲かるか」ですが、その「儲かるため」に必要な条件は、その状況によって変るはずです。そのため「何に一番の価値を持っていくか」を考えて明示しておくことは製品のビジョン、プロダクトオーナーにとって重要なポイントとなります。

ワークショップ

自分の講演のネタを「課題から紐解くアジャイル」とした時点で、ワークショップはそれを実際に体感してみる、というものを考えてみました。いわゆる「自分の抱える課題を挙げてグループで考える」ワークです。一般的には対話によって、相互のメンバー同士で意見交換したり、解決策を考えたりするのですが、今回は、「Agile Adoption Patterns」に定義されている、数十のパタンをリストにして、それから適切なものを選択する、という形にしてみました。これらのパタンは、Agileをご存知の方なら、どこかで見たことのあるもの、あるいは名前は違えども、他で別の名前で聞いたことのあるものばかりです。つまりは プラクティス そのものです。このワークショップのインスピレーションとなったのは、私の心の師匠の一人 James.O.Coplien氏の「Scrum Fine-Tuning using Organizational Patterns」コースのワークショップでした。 氏のトレーニングコースの中で、自分の組織の課題を書き出し、それぞれに対応する組織パタンを考える、というワークがありました。今回はそのアジャイルプラクティス版になります。

しかし単に「課題」を表出して、それに合う解決策を探しだすことは、かなり難しいことが予想されました。実際には、その課題の裏の「どのような状況」の中で、「どのような考慮すべき点」があるのか、というコンテキストを明らかにしていくことが重要です。 には、何かを解決しようとした時に、新に生まれる歪みや課題についても考慮することが重要です。そのためワークショップでは、その「考慮すべき点」や「新たな課題」をきちんと考えて、グループ内で対話する時間を設けました。

ただワークショップに望む際にもいろいろ課題がありました。「参加者に学生が多いので、WSについていけないのでは?」「愛媛の人はシャイだし、業界も狭いので課題を書いてと言われても、素直に挙げないのでは...」。という意見もありました。

そのため、今回はゲーム要素を取り入れて、「真摯にじっくりと問題に向き合う」というよりも「考える時間を設けた上で楽しむ」という方向に倒すことを決めました。そのため 付箋を多く書き出した(=状況を詳細にした)チームが勝ち」というルールにしました。それぞれ付箋の色毎に配点を変え、「解決策を考えていくことが嬉しい」「対話をしていき、それをメモするだけでも配点に繋がる」というルールを加えることによって、ワークショップ自体を活性化させよう、というベタな仕組みを取り入れてみました。

結果的には、(効果があったかは置いておいて)、それなりに学生チームも、かなり頑張って内容について深く考えてくれていました。また各グループ毎に個性が出て面白い結果がでました。結局のところゲーム性はあまり関係なく、それぞれのグループが時間の中で真剣に話をできた、という状況だったと言えるようです。

今回は時間をかなり絞ってやりましたが、課題とパタンそのものについてじっくりと考えながら取り組むワークショップも試してみたいですね。(やってみたい、という方、是非ご連絡くださいww )

このワークショップを通じて、自分が再認識したことがあります。それは数々のパタン(プラクティス)の中で、どの領域にも効果をもたらすジョーカーが存在するということです。それは コミュニティへの参加 です。今回のワークを通じて、「コミュニティへの参加」という切り札を使う人が増えれば幸いです。

AgileJapan2011 愛媛サテライト レポート(1)

2011/04/15に開催された AgileJapan2011 の愛媛サテライトについて、準備から当日の流れも含めて、主催者兼講演者兼参加者という視点でレポートを書きます。書き始めたらあまりに長文になりそうな勢いだったので、三分割してポスト予定です。

きっかけ

AgileJapan(http://www.agilejapan.org/) は、2009年から毎年東京で行われていましたが、運営に携わっていない自分としては(誘われてないのをすねているわけではない)、それほど思い入れはないし、私が愛媛に引越してからは「ああ、東京でやる、また楽しそうなイベント」という傍観者気分の認識でした。しかし突然「今年はサテライト開催ってのを募集しているのだけど、やる?」と @HHany さんから連絡頂いたのが去年の年末。「やりたいです。ただ一人じゃ厳しいので、周りに人を募ってから...」と回答した時から、傍観者が当事者になった瞬間でした。

地方で起ち上げる

愛媛で昨年の11月にアジャイルプロセス協議会(アジャパ)名義のイベントを開催してみたものの、準備は東京メンバーとの打合せで決め、当日はかなりの部分を自分が一人でテンパリながら準備していた、という時点で、「地元に密着したイベント開催」にはほど遠いものでした。今回のようなアジャイルジャパンのようなイベントをやるには、ローカルの人のつながりと参画が重要です。

東京にいる頃には、長年コミュニティ活動を続けてきた猛者たちが大勢いたので、それなりに集まれば、コンテンツもイベントに必要な準備も、さくさく決まって、ぎりぎりになっても最後はうまく着地できていました。これまで自分もその中の一人として「慣れていた」感はありました。しかし、今回感じたのは、自分がそういった猛者たちに、頼りきっていた、という事実でした。

昨年のアジャパのイベントの参加者向けのMLに「AgileJapanの実行を手伝ってほしい」というアナウンスをしたところ、数名の方に手を挙げてもらいました。サテライト実施の返事をして、年明けから二週間に一回ミーティングを続けていくなかで、徐々にテーマや、やりたいことを決めていきました。本来は、今年から勉強会などをしていく予定が、ひょんなことにAgileJapan2011の実行委員会になってしまったわけです。

しかし、こういうミーティングひとつをとっても、東京での慣れ親しんだ仲間うちでは自然にできていたもの、つまり、場をつくり、話をリードしながら、意見を交換しあい、イベントを作りあげていく、という非常に丁寧なプロセスが必要でした。逆に言うと、自分が今迄手がけてきた、業界コミュニティのイベントの中で、(こんなでも)もっとも緊張しながら準備したという気がします。

そして一番は異なるのは、スタッフ同士がほぼ初対面同士という関係からはじめた、という点です。東京だと、大抵スタッフ同士はどこかで会っている人ばかり。新参の方は、そういったベテランの輪に入る、という構造がほとんどです。しかしここ愛媛サテライトは、まさにゼロからのスタートであったのだということに、改めて気づかされたのです。twitterも使ってない、blogもない、人同士の繋りを紡いでいく。これは自分にとっては非常に新鮮な経験でした。

コンテンツ不足

また、東京なら「誰に何をお願いして、誰さん、あれしゃべって」のように、コンテンツとその講演者がゴロゴロしているような状況ですが、地方のサテライトでは、まず(アジャイルについての)コンテンツを持っている人がいないというのが最初のハードルでした。

自分はそれなりにキャリアがあるので、アジャイルに関してであれば、要望に応じて、経験や知識を元に内容を構成して講演をすることはできます。しかし、それでも主催者兼講演者というかけもちは結構なパワーを使うのは経験済みであるのと、サテライトの時間をすべて自分のステージにするのも乗り気ではありませんでした。なので自分の話す時間は45分、残りはワークショップとライトニングトークスで行こう、と決めました。(それでもワークショップのデザインもやるので、負荷はそれほど減ってもないのですが...)

そんなことで悩んでいたある日、前職で一緒にオブラブをやってきた @emeitch さんから「愛媛サテライトに参加したいのですが」との依頼がきました。これは願ったり叶ったりで、早速講演をお願いして、ついでに招待講演としてトップバッターでお話ししてもらうことにしました。講演の話題は「ビジョン駆動プロダクトオーナー」という非常に興味深い話題、かつ、東京で話しても今のアジャイル/スクラム界では立ち見も出るであろう内容でした。(これは後述)。

また、今回は、集客及び、情報の伝播も兼ねて、私の東京時代に御世話になった出版社の方々に協賛のお願いをしました。東京では頻繁に読書会が行なわれているような名著でも、こちら愛媛では存在も知らない人が多くいます。そういった状況では、ブートストラップとして、出版社の皆様のお力を借りたいと考えたのです。もちろん、プレゼントというアメの用途も多分にありました。各社快く協賛に承諾して頂き、アジャイル関連の書籍を中心に多くの書籍を提供して頂きました。本当に有り難いことです。

チャレンジ

また、当初から「せっかくの全国サテライトなのに、サテライト間の連携がない」ということに一人疑問を抱いていました。地方のコンテンツ不足の問題もあり、「LTで1時間とれたら嬉しいなぁ、でもトーカーはそんなに集まらないし...」ということで、独自に連絡のつくサテライトに声を掛けさせて頂き、名古屋サテライトと、岡山サテライトの間で、「ライトニングトークスのリレーを実施しよう」という企画もすすめました。事前のテストの失敗や、当日にならないとわからない回線品質、というマイナス要因ばかりでしたが、出口戦略として「Skypeで互いのサテライトの状況を交換し合おう」という約束をして当日に望みました。

2008年から続いている...

そして、今回のキーノートセッション1のLinda Risingさんとは、Agile2008で直接ご挨拶して、著作であるFearless Changeにはサインをもらい、握手してもらいました。この時、一緒にAgile2008に行ってFearless Changeを購入していた、 @fkino さん、 @yattom さん らが他の人によさを伝えたのが「Fearless Change読書会」のきっかけじゃなかったのかな、と記憶しています(間違ってたらごめんなさい)。 そして、今回のAgileJapanは、Agile2008で植えてもらった種が、花開いたイベントと言ってもよいことに、改めて気づきました。この2008年に植えた種は他にもあったのです...。(つづく)

2010年のふりかえり

今年のふりかえりを久々に年内でしてみよう。

  • 2010/01/15 アレグザンダー祭り
  • 2010/01/16 引越し from 東京 to 愛媛県松山市
  • 2010/01/22 次男誕生
  • 2010/03-06 毎週平日東京出張
  • 2010/04 参加のまちづくり入門演習開催
  • 2010/03 AsianPLoP参加
  • 2010/07-09 松山で仕事
  • 2010/09-12 毎週一回松江出張
  • 2010/10-12 毎週二回広島出張
  • 2010/10/30 AgileTour Osakaで講演
  • 2010/11/21 Agile459 開催
  • 2010/12/9 Scrum Tuning using Organizational Pattern 参加
  • 2010/12/10 参加のまちづくり入門中級開催

アレグザンダー祭り開催

正直、企画時点で開催がどうなの、という感じだったのですが、様々な人の尽力により、無事にJames.O.Coplien氏と中埜&笹川両氏のコラボを実現できて年始にはずみがつきました。

引越し

妻の実家である松山に引っ越しました。6年間お世話になった永和システムマネジメントは退職し、現在はフリーでほそぼそとやっています。見知らぬ土地で、知り合いもなく、仕事をするということが、どれだけ心細いかがよくわかりました。旅立つ前に開催してもらった「KKD祭り」、会社に置いておいたメモ帳に書いてもらったみんなの一言、東京での多くの人との出会いは私の宝です。

次男誕生

次男が誕生し、二男一女の父になりました。(この構成、平鍋さんと一緒だな)。家族が増えるって本当に大きなイベントだし、いっぱい幸せをもらってます。今後が楽しみな3人兄弟です。(かなり騒がしい)

一年の半分を出張で過す

次男の出産〜産後のサポートでしばらく家にいたのだけど、9ヶ月のうち6ヶ月は毎週出張で平日はほとんど家にいなかった...家族にはいろいろ迷惑をかけてたなぁ...

畑をはじめた

今年前半は畑(といっても庭の中の畝3つ分くらいですけど)をはじめました。パーマカルチャーや自然農法を参考にしての、不耕起、無農薬、無除草ではじめました。しかしこれがなかなか難しい。少なくとも3年は試行錯誤するだろうなぁ。でも土や循環システムから作るために日々精進です。

地方で仕事をするということ

地方でのIT業界の現実をある意味知った気がします。 どうしても東京に依存してしまう構図、情報格差、地方間の移動の距離、などなど、東京にいるころには気づかない部分をいろいろ知ることができました。日本は狭い、けども、広いんですわ...

四国コミュニティの立ち上げ

松山に引っ越した、といっても、出張続きだったのですが、まず地元の皆さんとのイベントを開催できたことが嬉しかったです。来年も引き続きよろしくおねがいします。

真パタンランゲージ元年

年始の アレグザンダー祭り から、 3月の AsianPLoP 、4月の 参加のまちづくり入門演習 、そして12月の Scrum Tuning using Organizational Patterns参加のまちづくり入門演習 中級編 、とパタンランゲージに関連するイベントが多く行われて、全てにかかわってきました。2009年の「パターン、Wiki、XP」の出版、そして永和システムマネジメントで行っていた通称「いきいき読書会」から繋がる、IT業界におけるクリストファー・アレングザンダー第二部、という形になりつつあると感じています。この流れは来年も続くはずです。

大変な面も多々ありましたが、これまでと違う様々な経験ができ実りある1年でした。多くの人のお世話になって、やってこれた2010年でした。皆さまに感謝いたします。

来年の抱負は年明けにでも。

アジャイルプロセス協議会 四国支部立ち上げイベント開催!

はじめに

今年(2010年)の1月に松山に引っ越して、もうすぐ10ヶ月が経ちます。最近は山陰山陽に出張の日々です。

そんな中、11/21(日)に アジャイルプロセス協議会 四国支部 立ち上げイベントを実施します。

私は今年から、 アジャイルプロセス協議会の四国代表という肩書だけ持ちましたが、出張が多かったり、知り合いがいなかったりで、なかなか活動ができていませんでした。

今回、東京からアジャイルマインド勉強会のメンバーが来ることになりました。最初はそのタイミングに合わせてこじんまりとしたイベントを実施することを考えていたのですが、せっかくの機会なので四国支部の立ち上げとマージすることにしました。

内容について

初回の立ち上げということもあり、私からは、挨拶と基本的なアジャイル開発入門の講演をさせて頂きます。

あとはアジャイルプロセス協議会から国内事例についての発表もあります。アジャイル開発を体験したことない方々向けに、疑似体験ができるワークショップも用意しています。

またライトニングトークスも募集します。5分間で、自分の伝えたいことを話すショートプレゼンテーションです。テーマフリーですので、是非ともトーカーに応募してみてください。この日のために、専用の銅鑼を購入しました! チベティアン銅鑼 なので、音色がより荘厳なものになっています(?)。乞御期待!

最後に

これまで四国でアジャイル開発についてのイベントが開催されたかはすべてを把握しきれていませんが、少なくとも「中国・四国」「瀬戸内」といったくくりで開催されたことはあるものの、他と独立した形ではなかなか実施できていなかったのではないでしょうか。

もちろん、瀬戸内、西日本という形で近隣の地域とも連携し合いながら、より大きな集りを形成していくことも重要です。同時にもっとローカルでの集りも形成していかなければなりません。

四国には、瀬戸内Linuxユーザ会、日本Androidの会 四国支部のように、元気なコミュニティも存在しています。是非これを機会に、四国においてもアジャイル開発に興味を持ち、学ぼうとする、あるいは実践しようとする人々が集まれる場を作っていければと思います。

ただ、私はまだまだローカルに根付いているとは言えません。地域の知り合いを徐々に増やしながら、皆と一緒に四国のコミュニティを盛り上げることを、自身の活動の一部としていこうかな、と考えています。

この機会に是非ご参加ください。申込は こちらからお願いします。

公式ハッシュタグは #agile459 #agpa です。

Agile Tour Osaka 2010 でお話しました

いろいろ縁あって、Agile Tour Osaka 2010に登壇させて頂き、User Story Mappingについて話をさせて頂きました。スライドにもあるように、この週は移動続きでかなり弱っていたのですが、なんとか終えることができました。聞いて頂いた皆さまに感謝します。

User Story Mappingは、Agile2008に行った時にJeff Pattonのtutorialではじめて知り、日本に帰ってきてから、講演スライドの読書会をやって、その資料の内容の濃さに驚いた記憶があります。しばらく使う機会がなかったのですが、2009年にESMのあるプロジェクトで応用して良さを再認識し、以降はプロダクトプランニングの際にはUser Story Mappingは欠かさないものとなりました。特に私の場合は、プロダクトオーナーの経験があるため、一層このUser Story Mappingを重要だと受け止めています。

また、現在私が見ているアジャイルチームでは、開発者のスキル成長もこのマップで表現するというアイディアをもらい、また自分の講演の整理も行ったりと、様々な場面で使えるツールではないかと位置づています。

ユーザーストーリーマップについては、日本でもInfoQの記事経由で紹介されていますが、実践したという話は私は直接聞いていませんでした。

Agile2009, Agile2010でもUser Story Mappingの実演をJeff Pattonがしていたとの話を川口さん経由で聞いて、日本でももっと認知してもらわなければ、との思いがあり今回の発表に繋がりました。

実は今回の発表の中では、参加者のAgile認知レベルも考慮して、オリジナルのPPT資料のユーザーストーリーマップの部分の話しかしていません。実はそれ以外が重要だったりもするのですが、機会があればその話もしたいと思います。

登壇のきっかけを作ってくれた @tetsu_mさん、@yasuohosotaniさん、ありがとうございました!