Agile Shimane 発足記念講演をしてきました
2011/10/13に島根県松江市で開催された、 アジャイルプロセス協議会 島根支部発足イベントの記念講演をしてきました。
松江市は昨年の9月〜12月まで、 Rubyビジネスモデル実証事業にコーチとして関っていたので、往復12時間かけて毎週通っていた思い出の地です。今回、記念すべき日に呼ばれたことは、とても嬉しいし有り難いことです。
松江と松山は、字が似ているというだけでなく、実は 松山市松江町という地名があるのですw そんな御縁もあり、今回の実証事業での御縁もでき、地方同士の連携を少しづつやっていければいいな、という想いを伝えてきました。今回は記念講演ということもあり、内容をパッショネート&アジテート寄りに倒したので具体的な話はありませんでした。今度松江にいく機会があったら、もう少し時間を頂いてワークショップをやりたいですね。また呼んでください!
来週10/22には岡山の オープンラボ岡山で、TDDについてちょこっと話してきます。11/4には、同じく岡山で アジャイルプロセス協議会 第8回 西日本セミナーにて、15分だけお話させて頂きます。そして、地元松山でも、10/29に アジャイル事例セミナーを開催します。
中四国地方を中心に、少しづつ輪を広げていきます!
ゴモラの悲劇
最近、長男(4歳)がウルトラマン怪獣に目覚めはじめた。
同じ年の従兄弟が、以前からウルトラマンが大好きだったのだけど、うちの息子は親がライダーばかり見せているのと、松山ではテレビ放映もしておらず、ケーブルテレビもないので、あまり関心がなかった。前に買っておいて、すっかりご無沙汰になっていた怪獣図鑑みたいなの(メビウス以降)をひっぱり出して、熟読(といっても字は読めないので親が読まされる)していた。
平成以降のウルトラマンはよく知らなかったのだけど、特にメビウス以降は昭和の怪獣を何回も登場させているのを知ったのも、この怪獣図鑑のおかげ。
ちょうどTSUTAYAにいくことになったので、「ウルトラマンでも借りるか〜」ということで、好きな怪獣のゴモラが出ているDVDを借りてきた(もちろん初代ウルトラマン)。
早速、 ゴモラの回を見てみた。自分の過去の記憶では(リアルタイムではみてないのだけど)こんな感じだった。
- ゴモラを南の島から輸送
- 輸送途中で大阪に落下
- 落下した先で大阪城を襲う
- ウルトラマンがやっつけて、めでたしめでたし。
しかし、実際に久しぶりに見てみて愕然とした。 細かいツッコミ(そもそも日本に持ってくるか? と)はさておき、感じたのは、自分の意志とは反して日本に移動させられて、あげくのはてに虐殺されたゴモラの悲劇だった。
初回のウルトラマンとの対戦は強烈な尻尾の攻撃で圧倒して強さを誇り、地中に潜って移動。移動先の大阪の市内で科特隊に自慢の尻尾を切り落とされる。大阪城付近に登場して思う存分破壊した後に、ウルトラマンとの再戦。自慢の尻尾をふるおうとするも、既に切り落された後で、虚しく相手に向けたお尻を振るだけ。尻尾の切断面がとても痛そうで、娘も「あっ、これ痛そう」と思わずさけんでしまうくらい。
弱ったゴモラに、ウルトラマンの追い討ち。自慢の鼻先と左の角を無惨にも折られて痛々しい姿になってしまった。頭の角の切断面がまた痛々しい。子供達も「可哀想」の連発。最後の手段、地中に逃げようとするゴモラを引きずり出したウルトラマンは、眉間に必殺スペシウム光線を発射! あわれゴモラは爆発もせずに、地面に崩れ落ちた。そんなゴモラを埋葬するでもなく、ウルトラマンは空に向かい飛びたった。
始終を見ていた話のキーマンである「怪獣殿下」と呼ばれる少年は「やった、さすがウルトラマンだ!」と一言、見ている我々は「え・・・」。科特隊の隊員たちが「思えば、ゴモラも可哀そうなやつだったな」「剥製にして飾ってあげよう」との台詞はあれど、あくまでも「よくやったウルトラマン」のメッセージのみ。
人の経済活動のためだけに採集されて日本に持ってこられ、野外に放たれたが故に、必死に新しい環境で生きようとしているだけで駆除対象になってしまった様々な外来生物たちとゴモラが被って、人の行為の愚かさに気づかせようとする話だったのかなぁ、とか深読みしてしまった。
ウルトラセブンで同様の話があったら、もっと全面に考えさせる終り方になったんだろうね。
ちなみに、同時に借りてきたタロウの タイラントが出ている回も見た。タイラントは自分が一番好きだった怪獣で、様々な怪獣の怨念が集まった合体怪獣。ゾフィーからエースまでのウルトラマンをやっつけて地球にきてタロウと戦った。大怪獣バトルにでていたらしく、怪獣図鑑に載っていたので、ゴモラと同じく借りてきた。どれくらいタイラントが好きだったかというと、全長62m、体重5.7万トンという数字や、「耳がイカルス星人、顔はシーゴラス、腕はバラバ、胴体はベムスター、足はレッドキング(背中と尻尾は忘れた...)」が、30年以上たってもすぐに出てくるくらい好きなのだ。
早速みてみた。30分の尺で、ウルトラ5兄弟を倒すものだから、一人辺りの時間が短い短い。さくさくっとウルトラ兄弟がやられていくのは、見ていてすがすがしいくらい。ただし地球でタロウにやられるのも早く、「えっ、これで倒されちゃうの?」というくらいあっさりしていた。再登場している大怪獣バトルでは、かなり強い位置付けにされているそうなので、タイラントファンとしては、よかったなぁ。息子も「タイラント凄い強かったね!」と満足げだったのでよしとする。
個人的には、セブンとメトロン星人の「夕日の決闘」をみたいなぁ。
XP祭り 2011に参加して(2)
XP祭りレポート続き。
今回、XP祭りで強く感じたのは、 受け継がれる というキーワード。
XPJUGは、創設こそテクノロジックアートの長瀬さん主導ではじまったけれど、動き出してからは、ずっと、そこのスタッフの想いで繋がれてきた。途中、何度も解散の話はでたけれど、その度に、「続ける」という選択をして続いてきた。XPJUGには、いわゆるプロダクトオーナーはいなかった。長瀬時代も、倉貫時代も、会長は「うん、それでいいんじゃない」という係。スタッフ全員がプロダクトオーナーといってよかったのかもしれない。
そんな中、2009年にスタッフの中で「XPJUGはXP祭りを開催するための団体である」という選択をしてから、正直どうなることか心配だった。しかも自分は、東京を離れるので、実質的に手伝うことができない。しかもイベント開催のためにスタッフを公募する、ときている。スタッフ集まらなかったら、開催できないじゃない(笑) でも去年は祭りが無事に開催されたらしい。らしいというのは、去年は松山にいて、XP祭りに参加できなかった。どんな雰囲気か、tweetをみているだけしかなかった。
そして今年、1年振りに参加してみた。古くからのスタッフ、新しいスタッフが、協力してイベントを作りあげている。新しい試みも、いっぱいしている。ワールドカベや、ワークショップの当日参加サインアップ、などなど。 やってる人が楽しそうだ。参加者も楽しそうだ。大人もいるし、子供もいる。セッションも同時平行開催という、規模の大きいものになっている。回文WSみたいな、わけわからんものもある。Scrumもある、XPもある、すべて手作り。懇親会も大勢が参加したらしい。とても全員とは話せないくらい。
「なんか、いいじゃない。というか、今までで、一番いいじゃない!?」
正直なところ、2009年の段階で、「XPJUGはもう役目を終えた」と感じていた。多くの勉強会コミュニティが立ちあがり、DevLOVEのような統合的なコミュニティもできた。その中で、少なくとも関東圏内においての、XPJUGの意義があるのか、疑問だった。唯一、意義があると感じていたのが「継続してきた歴史と、それゆえに集ってくれる参加者のため」だけだった。もちろん、XPJUGに「創設オーナーの言葉」なんてものはないし、結局そこにあるのは「その時にいるスタッフの想い」だけなのだけど、LTがあるとか、銅鑼を鳴らすとか、本を配るとか、こういった所作自体が、実はXP祭りでやってきたスタイルなんだよね。(今ではポピュラーになってしまってはいるけど) もちろん、こういった所作自体を無理に続ける必要もないし、どんどんアイディアを出して変えていけばいいのですが。
スタッフや参加者の皆へ、
「開催できて、よかったですか?」
「参加して、よかったですか?」
「来年(も|は)スタッフとして開催したいですか?」
「来年も参加したいですか?」
これらの問いに、すべて Yes という回答があるならば、また来年も是非開催してください。
最後に懇親会の二次会で、小井土さんがぽつりと漏らした言葉。
「10年後も、またこうやって呑みたいよね。」
本当にそう思う。その時には、今のスタッフや参加者の誰かの子供が発表者になってたら面白いよね。
常に人の入れ替わりがありながらも、何かを受け継いで、構成員のために、存在しつづける。これがコミュニティという組織なのかな、ということを感じた一日でした。
XP祭り2011に参加して(1)
XP祭り2011に参加しました。
元々、「社長パネル」なるものに呼ばれたので、行ってみたのですが、「松山から来てよかった」と感じた部分が多かったので、その部分を中心に書いてみます。
社長パネルは、「証人喚問」「羞恥プレイ」という形でしたが、質問内容が「XPJUG 10年について」とか「コミュニティについて」のような質問が多いのかと思ったら、思いのほか「社長」についての質問が多かったですね。自分で会社を作ったばかりで、雇う社員もいない会社の代表としては、答えるのが辛い、ピリッとしない内容になってしまったかなw 「社長業」をやってもいないのに、偉そうなことも言えないしねぇ。その点、私以外の方々の話は、経験に基づく非常にためになるものばかりでしたね。
実はXP祭りは、去年は松山にいて参加していなかったので、一年振り(?)なのですが、スタッフとして参加するのを離れた形で参加するのは初めてでした。(そりゃそーだ。設立からずっと裏方やってたから...) XPJUGのスタッフとして、ずっと一緒にやってきた、皆さん以外に、新しい顔(当然、他のコミュニティでは御会いしているのですが)を多くお見掛けして動いているのを見た時に、「自分がスタッフじゃない」というこれまでにない不思議な感覚を抱きました。
そしてセッション、事前に何に参加するかを考えていなく、ふらふら回っていた感想をざっくりと。
アジャイルを科学する
試みは面白いなぁと感じました。シンプルなモデルでどれだけ現実に近づけられのか、という観点で疑問の方もいらっしゃったようですが、この研究を通じて、「イテレーションの幅を決定するのに、どんな要因を考えねばらなないのだろう?」という問いに対しての具体的回答について議論が進めばいいですね。
Agile Buffet
ちらっと眺めたのですが、非常に面白いワークと感じました。教科書的にプラクティスを採用するのではなく、きちんとコンテキストを吟味した上でプラクティスを決定する、という点は、仮想PJを対象にしていながらも、実践的ですね。
実は、今年の4月の AgileJapan2011 愛媛サテライトでやった課題探究WSに似ているとも感じました。「課題探究WS」では「Agile Adoption Patterns」のAgileプラクティスのパターンを用いて、「既存の現場の課題」と、そのコンテキストやフォースを考えながら、解決できる方法を模索し、「深いコンテキストを引出すためのゲーム性」を取り入れたワークでした。手法は違えど、狙いは一緒だと感じました。これは是非、一度東京でやってみてフィードバックを得たいなぁ。
XP入門
当日まで開催することをまったく知らなかったのですが、午後のXP入門で「白本の読書会をやる」と聞いたので、フルで参加しました。
内容は、まず平鍋さんのXP白本に対する思い出、ポイントを聞いた後で、グループ事に書籍(あるいは用意されていたコピー)の指定箇所を読んで、気づいたこと、疑問点について話し合う、というスタイルでした。
平鍋さんの白本に対しての思い出は、それだけで、その場にいてよかった、という気が皆したのではないでしょうか。そして巻末のコメント付きリファレンスの解説については、「俺にもしゃべらせて」と地団駄踏んでました。その中で、平鍋さんが「メタファーは難しい」とおっしゃっていましたが、メタファーについては、 昔のオブラブイベントでワークショップをやっているくらい思い入れがあります。世間的にはユビキタス言語として受け継がれている、と理解されているようですが、実はKentのやりたかったメタファの使い方は、ユビキタス言語だけじゃないということを感じています。どこかでまとめないと。
XP白本は、初版は邦訳、二版は原著(邦訳も買ったけどなくした)を何度も読みかえしているのですが、それでもいろいろ新しい気づきがありました。特に「動的にチーム構成を変えていくんだ」という主張があったのには、新鮮な驚きがありました。また一行目の「XP is about social change」の部分は、皆解釈を悩んでいたし、その事について、グループディスカッションの中で自分の見解を述べたりしました。
「アジャイルからはじめる社会変革」という記事を、「Ultimate Agile Stories -Iteration 1」に寄稿しました。あらためて白本を読むと、私の記事はKentが白本で書いたことを、自分の言葉で、別のきっかけを通じて表現しただけだったのかなぁ、という気になりました。(上記の記事を書いている時には、白本の事は言及したものの、上記のフレーズについては一切考えていなかった) いろいろな想いがあって、自分で考えて書いたけれど、結局はまたKentの手の平の上で踊っていた、ということなのかもしれません。
もういちど、XP 2ndを最初から読み直したいと思うようになりました。そんな気にさせてくれた、XP入門を企画運営してくれたスタッフの皆さんありがとうございました。
AgileJapan2011 愛媛サテライト レポート(2) 自分の発表編
第一部に続いて、自分が当日担当した講演についてのレポート。
オープニング
この資料は、サテライトのオープニングの時間をとって紹介しようと思っていたのですが、そのような時間が取れず、自分の講演の時間に15分程の時間をとって話をしていました。時間の都合上すべての思いを話してはいないのでここに補足しておきます。
AgileJapan2011の開催一月前に、世界は "3.11" を体験してしまいました。そして日本人は、"After 3.11" をリアルタイムで体験しています。震災の後の原発事故という、世界にも稀に見る惨事と言えます。
私は幸いなことに愛媛に住んでいるため、余震の影響も受けていませんし、放射性物質の影響の低い立地にいます。しかし私の両親の実家は岩手の山中ですし、従姉妹や従兄弟は宮城県で被災し、遠縁は現在も行方不明です。
その中で、日本は世界に二つの姿、陰と陽の姿を見せたと感じています。
1つは 陽 としての日本の姿、つまり日本人の素養としての団結力です。災害の中にあっても、助け合い、略奪などは最小限で、組織的な行動を見せていた、という点です。これは世界に 日本の凄さ として改めて知らしめたと言えるでしょう。
一方、 陰 としての日本の姿、つまり二次災害である原発問題での対応の遅さ、情報の隠蔽とその体質、それに起因する混乱、その結果として国内に留まらない世界的な放射性物質の排出を世界中に対して行ってしまいました。これは逆に日本の恥であり、これまで変えられなかった真実の姿がもたらした災害だとも言えます。
ここにAgileを絡めて考えてみると、陽の部分はAgileが基盤としている チームワーク を民族として体現したと言えます。そして陰の部分は、Agileが変えようとしている、修復すべき構造とその振舞い、その結果引き起こされた災害と言えます。言い換えるならば、日本が備えている資質と、既存のシステムの欠陥という二つの事実を、噂などではなく国民全員が目の当たりにしてしまったと言えます。
この事実を受入れて、ふりかえりをして、次に何をしていけばよいのか、これは国民全体の課題だと考えます。そしてAgileJapanに集った人にとっては、Agileで変えようとしている ワークスタイルの変革 の延長線上に 国レベルでののシステムの変革 があることに気づいて欲しいと考えています。
ここで、 たかがITの開発のやり方で何を言う という方もいらっしゃるかもしれません。
しかしここで忘れてはならないのは 当事者意識 です。ソフトウェアシステム開発の現場においても、役割の専門分化の結果、当事者意識の欠如、境界の中へのひきこもり、その結果として 自分達とあいつら(Us vs Them) という意識が多くの問題を生み出してきました。
それらの既存のロールや境界を一度整理した上で、より上位の共通ゴール(=価値提供)を設定し、そこに向かうための境界を越えた協調がもたらすチームワークがAgileの根幹を成しています。このことは、単なるITプロジェクトチームだけに留まらず、そのまま国レベル、地球全体レベルにまでスケールすると考えています。
言いかえると、 当事者意識を持った一人一人の考えや行動が、社会全体に影響を及ぼす ということです。
これまでの自分をふりかえってみて、どれだけ 社会システムについて考えていたか?原発については?どんな社会のあるべき像を描いていたか? そこに向けてどんな行動をしていたか? 持続可能性というキーワードを日々使ってはいたものの、そこにどんな具体性があって、何をしてきたのか?
人それぞれだとは思います。しかし 3.11 を経験してしまった我々は、もはや「誰かの責任」にして済ませてはいけないし、「誰かがうまくやってくれる」という幻想を抱いてもいけない、と私は考えます。 すべては自分を中心に、何を考え、何を行動をしていくか、に掛っていると考えざるを得ません。
...と、話を大きくしすぎても焦点がぼやけてしまうので話を戻すと、Agileを取り巻く業界の現状に戻った時に、現場で「何ができるのだろう?」という悩み、「周りに理解されない」 という不安、恐れ、諦めは往々にしてあります。このような時に必要なのが Fearless Change であり、一歩一歩進める漸進的プロセスです。このような時期にLindaが来日してくれた、というのは、必然なのだろうと感じました。
偶然にも、平鍋さんのオープニングトークでも、同じようなことを語っていたのは共時性を感じざるを得ませんでした。
講演とワークショップについて
今回のAgileJapan2011愛媛サテライトの実行委員内でコンテンツ検討の際にでた意見の中に「参加者の対象を広くとりたい」というものがありました。これは、まだ愛媛がアジャイル発展途上で、裾野を狭めたくない、という理由がありました。
逆にターゲットを絞った方が、具体的になり、より価値の高い内容になります。しかし今回は、敢えて「どの分野が対象領域でもカバーできる内容」を模索していきました。
いろいろ考えた末に、辿りついたのは「課題からはじめるアジャイル」というテーマでした。具体的に言えば、それぞれの立場の人が、仕事についての何らかの課題を抱えており、それぞれの課題についての解決策としてアジャイルのプラクティスを考えてみよう、というものです。自分が困っている部分についての解決策であれば、より自然に選択肢として組込まれるのではないか、という発想です。
そして、このアイディアは、私が2008年にAgile2008に訪れた時に出会った一冊の本がきっかけとなっています。その本は Agile Adoption Patterns 。著者のAmr Elssamadisy氏 は、今年のQConTokyoで来日予定でしたが、残念ながら来日がキャンセルになってしまいました。この本は、様々なアジャイルなプラクティスをパタンフォーマットで再構成して、どのような状況に、どのようなビジネス価値に効果があるのか、気をつけるべき点はなにか、を解説する、非常に示唆に富む内容になっています。
アジャイルはビジネス価値によって駆動されることが基本です。しかしその「ビジネス価値」とは非常に曖昧な言葉で、そのコンテキストによって内容が異なってしまいます。 [1] しかしここを明確にしておくことはとても重要です。なぜならその価値によって、何をするべきかが決まってしまうからです。「Agile Adoption Patterns」では、そのビジネス価値の複数の例を提示して明確にした上で、更にその価値が悪くなっている傾向である「匂い」(Smell)を提示します。そして、それらのビジネス価値の向上、匂いの解決に適切なAgileのパタンを採択するようにガイドします。
そのため、まず「自分達は何が困っているのか」から始めることで、どこから手をつければいいのかが、わかりやすく、小さく進めることができるという利点があります。何より重要なのは、「Agileというラベルのついた得たいのしれない何か」よりも、より具体的で、効果がわかりやすい、という点が、初心者や懐疑的な方に向いていると言えます。
| [1] | : 端的に言えば「どれだけ儲かるか」ですが、その「儲かるため」に必要な条件は、その状況によって変るはずです。そのため「何に一番の価値を持っていくか」を考えて明示しておくことは製品のビジョン、プロダクトオーナーにとって重要なポイントとなります。 |
ワークショップ
自分の講演のネタを「課題から紐解くアジャイル」とした時点で、ワークショップはそれを実際に体感してみる、というものを考えてみました。いわゆる「自分の抱える課題を挙げてグループで考える」ワークです。一般的には対話によって、相互のメンバー同士で意見交換したり、解決策を考えたりするのですが、今回は、「Agile Adoption Patterns」に定義されている、数十のパタンをリストにして、それから適切なものを選択する、という形にしてみました。これらのパタンは、Agileをご存知の方なら、どこかで見たことのあるもの、あるいは名前は違えども、他で別の名前で聞いたことのあるものばかりです。つまりは プラクティス そのものです。このワークショップのインスピレーションとなったのは、私の心の師匠の一人 James.O.Coplien氏の「Scrum Fine-Tuning using Organizational Patterns」コースのワークショップでした。 氏のトレーニングコースの中で、自分の組織の課題を書き出し、それぞれに対応する組織パタンを考える、というワークがありました。今回はそのアジャイルプラクティス版になります。
しかし単に「課題」を表出して、それに合う解決策を探しだすことは、かなり難しいことが予想されました。実際には、その課題の裏の「どのような状況」の中で、「どのような考慮すべき点」があるのか、というコンテキストを明らかにしていくことが重要です。 には、何かを解決しようとした時に、新に生まれる歪みや課題についても考慮することが重要です。そのためワークショップでは、その「考慮すべき点」や「新たな課題」をきちんと考えて、グループ内で対話する時間を設けました。
ただワークショップに望む際にもいろいろ課題がありました。「参加者に学生が多いので、WSについていけないのでは?」「愛媛の人はシャイだし、業界も狭いので課題を書いてと言われても、素直に挙げないのでは...」。という意見もありました。
そのため、今回はゲーム要素を取り入れて、「真摯にじっくりと問題に向き合う」というよりも「考える時間を設けた上で楽しむ」という方向に倒すことを決めました。そのため 付箋を多く書き出した(=状況を詳細にした)チームが勝ち」というルールにしました。それぞれ付箋の色毎に配点を変え、「解決策を考えていくことが嬉しい」「対話をしていき、それをメモするだけでも配点に繋がる」というルールを加えることによって、ワークショップ自体を活性化させよう、というベタな仕組みを取り入れてみました。
結果的には、(効果があったかは置いておいて)、それなりに学生チームも、かなり頑張って内容について深く考えてくれていました。また各グループ毎に個性が出て面白い結果がでました。結局のところゲーム性はあまり関係なく、それぞれのグループが時間の中で真剣に話をできた、という状況だったと言えるようです。
今回は時間をかなり絞ってやりましたが、課題とパタンそのものについてじっくりと考えながら取り組むワークショップも試してみたいですね。(やってみたい、という方、是非ご連絡くださいww )
このワークショップを通じて、自分が再認識したことがあります。それは数々のパタン(プラクティス)の中で、どの領域にも効果をもたらすジョーカーが存在するということです。それは コミュニティへの参加 です。今回のワークを通じて、「コミュニティへの参加」という切り札を使う人が増えれば幸いです。
AgileJapan2011 愛媛サテライト レポート(1)
2011/04/15に開催された AgileJapan2011 の愛媛サテライトについて、準備から当日の流れも含めて、主催者兼講演者兼参加者という視点でレポートを書きます。書き始めたらあまりに長文になりそうな勢いだったので、三分割してポスト予定です。
きっかけ
AgileJapan(http://www.agilejapan.org/) は、2009年から毎年東京で行われていましたが、運営に携わっていない自分としては(誘われてないのをすねているわけではない)、それほど思い入れはないし、私が愛媛に引越してからは「ああ、東京でやる、また楽しそうなイベント」という傍観者気分の認識でした。しかし突然「今年はサテライト開催ってのを募集しているのだけど、やる?」と @HHany さんから連絡頂いたのが去年の年末。「やりたいです。ただ一人じゃ厳しいので、周りに人を募ってから...」と回答した時から、傍観者が当事者になった瞬間でした。
地方で起ち上げる
愛媛で昨年の11月にアジャイルプロセス協議会(アジャパ)名義のイベントを開催してみたものの、準備は東京メンバーとの打合せで決め、当日はかなりの部分を自分が一人でテンパリながら準備していた、という時点で、「地元に密着したイベント開催」にはほど遠いものでした。今回のようなアジャイルジャパンのようなイベントをやるには、ローカルの人のつながりと参画が重要です。
東京にいる頃には、長年コミュニティ活動を続けてきた猛者たちが大勢いたので、それなりに集まれば、コンテンツもイベントに必要な準備も、さくさく決まって、ぎりぎりになっても最後はうまく着地できていました。これまで自分もその中の一人として「慣れていた」感はありました。しかし、今回感じたのは、自分がそういった猛者たちに、頼りきっていた、という事実でした。
昨年のアジャパのイベントの参加者向けのMLに「AgileJapanの実行を手伝ってほしい」というアナウンスをしたところ、数名の方に手を挙げてもらいました。サテライト実施の返事をして、年明けから二週間に一回ミーティングを続けていくなかで、徐々にテーマや、やりたいことを決めていきました。本来は、今年から勉強会などをしていく予定が、ひょんなことにAgileJapan2011の実行委員会になってしまったわけです。
しかし、こういうミーティングひとつをとっても、東京での慣れ親しんだ仲間うちでは自然にできていたもの、つまり、場をつくり、話をリードしながら、意見を交換しあい、イベントを作りあげていく、という非常に丁寧なプロセスが必要でした。逆に言うと、自分が今迄手がけてきた、業界コミュニティのイベントの中で、(こんなでも)もっとも緊張しながら準備したという気がします。
そして一番は異なるのは、スタッフ同士がほぼ初対面同士という関係からはじめた、という点です。東京だと、大抵スタッフ同士はどこかで会っている人ばかり。新参の方は、そういったベテランの輪に入る、という構造がほとんどです。しかしここ愛媛サテライトは、まさにゼロからのスタートであったのだということに、改めて気づかされたのです。twitterも使ってない、blogもない、人同士の繋りを紡いでいく。これは自分にとっては非常に新鮮な経験でした。
コンテンツ不足
また、東京なら「誰に何をお願いして、誰さん、あれしゃべって」のように、コンテンツとその講演者がゴロゴロしているような状況ですが、地方のサテライトでは、まず(アジャイルについての)コンテンツを持っている人がいないというのが最初のハードルでした。
自分はそれなりにキャリアがあるので、アジャイルに関してであれば、要望に応じて、経験や知識を元に内容を構成して講演をすることはできます。しかし、それでも主催者兼講演者というかけもちは結構なパワーを使うのは経験済みであるのと、サテライトの時間をすべて自分のステージにするのも乗り気ではありませんでした。なので自分の話す時間は45分、残りはワークショップとライトニングトークスで行こう、と決めました。(それでもワークショップのデザインもやるので、負荷はそれほど減ってもないのですが...)
そんなことで悩んでいたある日、前職で一緒にオブラブをやってきた @emeitch さんから「愛媛サテライトに参加したいのですが」との依頼がきました。これは願ったり叶ったりで、早速講演をお願いして、ついでに招待講演としてトップバッターでお話ししてもらうことにしました。講演の話題は「ビジョン駆動プロダクトオーナー」という非常に興味深い話題、かつ、東京で話しても今のアジャイル/スクラム界では立ち見も出るであろう内容でした。(これは後述)。
また、今回は、集客及び、情報の伝播も兼ねて、私の東京時代に御世話になった出版社の方々に協賛のお願いをしました。東京では頻繁に読書会が行なわれているような名著でも、こちら愛媛では存在も知らない人が多くいます。そういった状況では、ブートストラップとして、出版社の皆様のお力を借りたいと考えたのです。もちろん、プレゼントというアメの用途も多分にありました。各社快く協賛に承諾して頂き、アジャイル関連の書籍を中心に多くの書籍を提供して頂きました。本当に有り難いことです。
チャレンジ
また、当初から「せっかくの全国サテライトなのに、サテライト間の連携がない」ということに一人疑問を抱いていました。地方のコンテンツ不足の問題もあり、「LTで1時間とれたら嬉しいなぁ、でもトーカーはそんなに集まらないし...」ということで、独自に連絡のつくサテライトに声を掛けさせて頂き、名古屋サテライトと、岡山サテライトの間で、「ライトニングトークスのリレーを実施しよう」という企画もすすめました。事前のテストの失敗や、当日にならないとわからない回線品質、というマイナス要因ばかりでしたが、出口戦略として「Skypeで互いのサテライトの状況を交換し合おう」という約束をして当日に望みました。
2008年から続いている...
そして、今回のキーノートセッション1のLinda Risingさんとは、Agile2008で直接ご挨拶して、著作であるFearless Changeにはサインをもらい、握手してもらいました。この時、一緒にAgile2008に行ってFearless Changeを購入していた、 @fkino さん、 @yattom さん らが他の人によさを伝えたのが「Fearless Change読書会」のきっかけじゃなかったのかな、と記憶しています(間違ってたらごめんなさい)。 そして、今回のAgileJapanは、Agile2008で植えてもらった種が、花開いたイベントと言ってもよいことに、改めて気づきました。この2008年に植えた種は他にもあったのです...。(つづく)
2010年のふりかえり
今年のふりかえりを久々に年内でしてみよう。
- 2010/01/15 アレグザンダー祭り
- 2010/01/16 引越し from 東京 to 愛媛県松山市
- 2010/01/22 次男誕生
- 2010/03-06 毎週平日東京出張
- 2010/04 参加のまちづくり入門演習開催
- 2010/03 AsianPLoP参加
- 2010/07-09 松山で仕事
- 2010/09-12 毎週一回松江出張
- 2010/10-12 毎週二回広島出張
- 2010/10/30 AgileTour Osakaで講演
- 2010/11/21 Agile459 開催
- 2010/12/9 Scrum Tuning using Organizational Pattern 参加
- 2010/12/10 参加のまちづくり入門中級開催
アレグザンダー祭り開催
正直、企画時点で開催がどうなの、という感じだったのですが、様々な人の尽力により、無事にJames.O.Coplien氏と中埜&笹川両氏のコラボを実現できて年始にはずみがつきました。
引越し
妻の実家である松山に引っ越しました。6年間お世話になった永和システムマネジメントは退職し、現在はフリーでほそぼそとやっています。見知らぬ土地で、知り合いもなく、仕事をするということが、どれだけ心細いかがよくわかりました。旅立つ前に開催してもらった「KKD祭り」、会社に置いておいたメモ帳に書いてもらったみんなの一言、東京での多くの人との出会いは私の宝です。
次男誕生
次男が誕生し、二男一女の父になりました。(この構成、平鍋さんと一緒だな)。家族が増えるって本当に大きなイベントだし、いっぱい幸せをもらってます。今後が楽しみな3人兄弟です。(かなり騒がしい)
一年の半分を出張で過す
次男の出産〜産後のサポートでしばらく家にいたのだけど、9ヶ月のうち6ヶ月は毎週出張で平日はほとんど家にいなかった...家族にはいろいろ迷惑をかけてたなぁ...
畑をはじめた
今年前半は畑(といっても庭の中の畝3つ分くらいですけど)をはじめました。パーマカルチャーや自然農法を参考にしての、不耕起、無農薬、無除草ではじめました。しかしこれがなかなか難しい。少なくとも3年は試行錯誤するだろうなぁ。でも土や循環システムから作るために日々精進です。
地方で仕事をするということ
地方でのIT業界の現実をある意味知った気がします。 どうしても東京に依存してしまう構図、情報格差、地方間の移動の距離、などなど、東京にいるころには気づかない部分をいろいろ知ることができました。日本は狭い、けども、広いんですわ...
四国コミュニティの立ち上げ
松山に引っ越した、といっても、出張続きだったのですが、まず地元の皆さんとのイベントを開催できたことが嬉しかったです。来年も引き続きよろしくおねがいします。
真パタンランゲージ元年
年始の アレグザンダー祭り から、 3月の AsianPLoP 、4月の 参加のまちづくり入門演習 、そして12月の Scrum Tuning using Organizational Patterns 、 参加のまちづくり入門演習 中級編 、とパタンランゲージに関連するイベントが多く行われて、全てにかかわってきました。2009年の「パターン、Wiki、XP」の出版、そして永和システムマネジメントで行っていた通称「いきいき読書会」から繋がる、IT業界におけるクリストファー・アレングザンダー第二部、という形になりつつあると感じています。この流れは来年も続くはずです。
大変な面も多々ありましたが、これまでと違う様々な経験ができ実りある1年でした。多くの人のお世話になって、やってこれた2010年でした。皆さまに感謝いたします。
来年の抱負は年明けにでも。
アジャイルプロセス協議会 四国支部立ち上げイベント開催!
はじめに
今年(2010年)の1月に松山に引っ越して、もうすぐ10ヶ月が経ちます。最近は山陰山陽に出張の日々です。
そんな中、11/21(日)に アジャイルプロセス協議会 四国支部 立ち上げイベントを実施します。
私は今年から、 アジャイルプロセス協議会の四国代表という肩書だけ持ちましたが、出張が多かったり、知り合いがいなかったりで、なかなか活動ができていませんでした。
今回、東京からアジャイルマインド勉強会のメンバーが来ることになりました。最初はそのタイミングに合わせてこじんまりとしたイベントを実施することを考えていたのですが、せっかくの機会なので四国支部の立ち上げとマージすることにしました。
内容について
初回の立ち上げということもあり、私からは、挨拶と基本的なアジャイル開発入門の講演をさせて頂きます。
あとはアジャイルプロセス協議会から国内事例についての発表もあります。アジャイル開発を体験したことない方々向けに、疑似体験ができるワークショップも用意しています。
またライトニングトークスも募集します。5分間で、自分の伝えたいことを話すショートプレゼンテーションです。テーマフリーですので、是非ともトーカーに応募してみてください。この日のために、専用の銅鑼を購入しました! チベティアン銅鑼 なので、音色がより荘厳なものになっています(?)。乞御期待!
最後に
これまで四国でアジャイル開発についてのイベントが開催されたかはすべてを把握しきれていませんが、少なくとも「中国・四国」「瀬戸内」といったくくりで開催されたことはあるものの、他と独立した形ではなかなか実施できていなかったのではないでしょうか。
もちろん、瀬戸内、西日本という形で近隣の地域とも連携し合いながら、より大きな集りを形成していくことも重要です。同時にもっとローカルでの集りも形成していかなければなりません。
四国には、瀬戸内Linuxユーザ会、日本Androidの会 四国支部のように、元気なコミュニティも存在しています。是非これを機会に、四国においてもアジャイル開発に興味を持ち、学ぼうとする、あるいは実践しようとする人々が集まれる場を作っていければと思います。
ただ、私はまだまだローカルに根付いているとは言えません。地域の知り合いを徐々に増やしながら、皆と一緒に四国のコミュニティを盛り上げることを、自身の活動の一部としていこうかな、と考えています。
この機会に是非ご参加ください。申込は こちらからお願いします。
公式ハッシュタグは #agile459 #agpa です。
Agile Tour Osaka 2010 でお話しました
いろいろ縁あって、Agile Tour Osaka 2010に登壇させて頂き、User Story Mappingについて話をさせて頂きました。スライドにもあるように、この週は移動続きでかなり弱っていたのですが、なんとか終えることができました。聞いて頂いた皆さまに感謝します。
User Story Mappingは、Agile2008に行った時にJeff Pattonのtutorialではじめて知り、日本に帰ってきてから、講演スライドの読書会をやって、その資料の内容の濃さに驚いた記憶があります。しばらく使う機会がなかったのですが、2009年にESMのあるプロジェクトで応用して良さを再認識し、以降はプロダクトプランニングの際にはUser Story Mappingは欠かさないものとなりました。特に私の場合は、プロダクトオーナーの経験があるため、一層このUser Story Mappingを重要だと受け止めています。
また、現在私が見ているアジャイルチームでは、開発者のスキル成長もこのマップで表現するというアイディアをもらい、また自分の講演の整理も行ったりと、様々な場面で使えるツールではないかと位置づています。
ユーザーストーリーマップについては、日本でもInfoQの記事経由で紹介されていますが、実践したという話は私は直接聞いていませんでした。
- http://www.infoq.com/jp/news/2009/04/story-map
- http://www.infoq.com/jp/news/2010/04/scrum-gathering-comm-of-practice
Agile2009, Agile2010でもUser Story Mappingの実演をJeff Pattonがしていたとの話を川口さん経由で聞いて、日本でももっと認知してもらわなければ、との思いがあり今回の発表に繋がりました。
実は今回の発表の中では、参加者のAgile認知レベルも考慮して、オリジナルのPPT資料のユーザーストーリーマップの部分の話しかしていません。実はそれ以外が重要だったりもするのですが、機会があればその話もしたいと思います。
登壇のきっかけを作ってくれた @tetsu_mさん、@yasuohosotaniさん、ありがとうございました!
毛虫の天敵を求めて
近くの公園に大量にいた ヨコヅナサシガメを庭木の害虫対策として適切かどうか評価している。
庭木の害虫で、義母からきつく言われているのはイラガの種類。幼虫に棘に毒があり非常に危険ということで、毎年農薬で防除すると言われていた。実際、去年の秋にカキを収穫した時に、イラガの幼生が大量に葉の裏にいたときはゾっとしたものだった。今年から松山に住むことになり、子供もいるので極力農薬は使いたくない、という要望を挙げて、とりあえず薬の使用は保留として、様子を見ながらいこう、という話になった。
そこでイラガほか庭木の害虫対策の筆頭として挙げたのがサシガメ。サシガメなどの肉食性カメムシは、対象の体液を吸うタイプの捕食者で、水生昆虫のタガメやミズカマキリと同様である。ただし捕獲肢がないため、相手を押えつけて襲うということはできないらしい。
飼ったこともないし、知識として知っているだけだったので、とにかくどんなものかをプラケースに入れて1月ほど飼育してみた結果、次のようなことがわかった。
毛虫、イモムシ類をよく捕食する
想定通り、自分よりも小さい毛虫、イモムシ系に対しては非常に積極的に捕食した。チャドクガ、マイマイガの毛虫や、アゲハチョウの幼虫などをあたえたところ、毛虫の棘にもまったくひるむことがなく、近づいて口吻を刺しこんでそのまま体液を吸っていた。
自分より大きなものは捕えられない
自分より大きい獲物には消極的で捕食できなかった。例としてはジャイアントミルワームやシャクトリムシの大型のものなど。ただし相手が死亡していれば、近付いて体液を吸うようだ。
素早いものは捕えられない
例としてガやハサミムシなどはすぐに逃げられてしまい捕食できていなかった。これは捕獲肢がないためやむをえないのかな。
外殻があるものは捕えられない
口吻を関節の隙間に刺しこめばしとめられるとはいえ、動いているものに対してそのようなことはできないようで、ダンゴムシ、カメムシなどは生きているうちは捕食できていなかった。
これらの実験の結果、毛虫に対してのヨコヅナサシガメの天敵としての可能性は立証できた。あとは実際に庭木に離しての効果を調べたいのだが、すでに20匹以上をカキの木やカシの木などに離しているのだが、とんと姿を見せない。もしかすると鳥に食べられてしまったか、まだそれほど餌となる毛虫が発生していないため、他に移動してしまったか。
サシガメに定住してもらうためには、餌となる毛虫などが一定数以上いなければならない。このあたりが系としてのバランスの難しさなのかもしれない。いきなり放しても、すぐに住みつくというわけにはいかない...そう、システムは一度には作れないのだ。
今年はしばらくは、木を眺めて毛虫が発生していないかをチェックする週末になりそうだ。
bzrについての、はまりポイント
とある仕事で、構成管理のあたりの支援をやっていて、 bazaar をそれなりに評価していくつかはまりポイントがあったので、その結果をメモしておくことにする。
bazaar(略称:bzr)は、gitやmercurialのような分散型の構成管理ツールの一つ。git/mercurialに対してのアドバンテージでよく言われるのはファイルネームをUTF-8で管理しているので、ファイル名関連の問題が起きないというもの。実際今回bzrを選択したのは上記の理由が第一だった。
実際に使っていて感じたのは、bzrの最大の利点は リポジトリ構成の柔軟性 なんだろうな、という点だった。まぁそれはさておき、評価の際にハマったポイントをメモしていく。
巨大ファイルはadd/commitできるが、branch/checkoutができなくなる
最初に嵌ったのがこの問題。検証していたソースツリーの中に、oracleのdbダンプファイル(1.5GB)が含まれていた。DDLなのでテキストファイルだしということで追加してみたら登録できた。しかしここで油断してはいけない。そのリポジトリをbranchあるいはcheckoutしようとすると、その途中でこけてしまう。
落ちる個所は、zlib.decompressの中で、どうやらzlibで圧縮の掛ったコンテンツを復元しようとして巨大すぎてエラーになっていたようだ。bzrは環境変数 BZR_PDB に1を設定しておくと、エラー発生時にpythonデバッガが起動することができる。これでエラー発生の対象ファイルを突きとめて、原因(1.5GBファイル)が解明できたのだった。ちなみにエラー個所はこのあたりだった。
bzrlib/groupcompress.py (151) _ensure_content self._content = zlib.decompress(self._z_content)
なのでbzrへはテキストでも一定サイズ以上(これはまだ究明していないけど、zlibの制限などを調べればいいのかもしれない)のファイルはチェックイン時点で跳ねるようにしておかないといけないようだ。ignoreに含められるのであればそれがいいし、もしそうでない場合は、pre_commitのhookなどにファイルサイズをチェックするスクリプトなどでブロックしておく。コミットできるけど、取り出せない、というのがやっかいだよなぁ。
ファイル分割して登録する、という作戦もあるかもしれない。その際の最大ファイルサイズは別途調べないといけない。
ちなみに自分はignoreに追加で対応した。
コントロールコードのファイルネームが登録されているとマージディレクティブでマージできない
bzrはリポジトリ間の差分をマージディレクティブという差分データとしてメールで送信したり、ファイルに出力して、別のリポジトリでそれを取り込むことで、物理的に隔絶された環境でもリポジトリ間の同期を保つことができる。
ただこのマージディレクティブのpullうまくできないことがあった。これもBZR_PDBでデバッガに入ってようやく原因がわかったのだが、その原因とは登録ファイルのファイルネームにコントロールコード(C)の名前を持つファイルが含まれていたからだった。
しかし直接リポジトリを指定してpullする分には、マージは適切に行われる。なぜファイルネームの不正によって、マージディレクティブによるpullが失敗するのか、というとマージディレクティブをpullする際に、inventoryと呼ばれる、リポジトリ内のファイルの一覧情報をXMLとしてマージディレクティブのバンドル情報から取り出している時に、XMLがinvalidでこけていた。ちなみに以下のようなメッセージだったはず。
ERROR: not well-formed (invalid token):line 6547, column 58 bzrlib/xml_serializer.py(82) read_inventory_from_string() raise errors.UnexpectedInventoryFormat
ちなみに単にファイルをremoveしても履歴に残っているとまずいようなので、そのファイルが登録される時点までuncommitして、そもそも不正ファイルが登録される歴史自体を黒歴史として封印する必要があるようだ。
(調査中)Solaris上で作成したブランチの作業ツリーをWindows上で展開できない?
ただ今はまり中なのが、Solaris上で作成したブランチをWindows上にbranch/checkoutする段階で、作業ツリーを展開しようとする時にエラーになってしまうという件。
作業ツリーなしのブランチの複製(--no-tree)ならば成功するのだが、作業ツリーを作る際に、どうもcheckout情報のファイルの中にWindowsで使えないファイル名が含まれているからっぽいのだが、優先度は低いのでまだ調査できてない。
まとめ
ここまでコケた話を挙げているので「bzrだめじゃん」とか感じる人がいたらすみません。bzr自体は評価してみて結構気に入っているのです。BZR_PDBがあるおかげで原因も解明できたしね。
今度はbzrでこんなによかった、という話を書けばいいのかもしれないですねぇ。(そのうち)
FullBlogPluginでのテスト
しばらくサイト自体にアクセスできませんでした。申し訳ございません。
ホスティングサイトのサーバー移行でおかしくなってしまったので、0.10->0.11に 再構築しました。dbはそのまま移行したのですが、0.10ベースの時のBlogPluginから、FullBlogPlugin?へ変更したため、過去記事をblogっぽく表示するのは無理そうです。
今回は投稿テストです。
ちなみに、なぜ専用blogソフトではなくTrac+Blogプラグインに拘るかの理由は
- reSTが使える
- blikiっぽいことがしたかった
の二つのためでした。今となっては、それほど意味があるのかどうかわかりませんけど...
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