drafts/20071002

SDBP2007でのTRICHORDの出展のためにボストンに行ってきた。 その時のレポートは TRICHORD blog を見ていただくことにして、こっちでは主に、その時のよりプライベートな気づきをまとめることにする。

まずは、 TRICHORD blog にも書いてあるが、AgileやScrumが思った以上に浸透しているという感覚。これはTRICHORDの説明をする時の相手の反応からも感じたし、SDBPのプログラムからも、そう感じた。つまりプログラムにあまりにも自然に組込まれているので、日本における「アジャイル」というある種の違和感がまったく感じられない。それはチュートリアルの構成 People, Projects & Teams というジャンルに、人、チーム、プロジェクトの日本で言うところのPF的なチュートリアルがほとんど含まれている。そして Process & Method トラックには、いわゆるAgileという言葉が多数見受けられる。そして Desgin & Architecture トラックでは、御大Scott AmblerをはじめとしたAgileなデザインなどという言葉が見受けられるし、 Requirements & Analysis トラックでは、御大Mike Cohnを筆頭にそれらしいセッションが含まれている。

これらを総合すると、Agile Software Developmentというものを構成する要素がそれぞれ分解され、もっと一般的なソフトウェア開発における要素に浸透しているのではないか、という仮説が生まれる。つまり「Agileか、それ以外か」という二者択一ではなく、Agileから「学べる部分は学んでいこう」こと思考だ。日本においても、例えばPFやTDDにそのような傾向が見られるが、もっと顕著な気がした。

そして一番強く感じたのは、特に今回のようなソフトウェア開発の実践経験レポートなどを、日本人はどんどんGlobalなステージに発信しなければならないということだ。今回、TRICHORDのWhitePaperを平鍋さんが英語で発信して、SDBPにおいても興味深いという反応をもらった。これはもちろん平鍋さんの英文ライティング技術や、構成力、高いメッセージ性という部分はあるにしろ、最大の要因は 英語で書いて発表するという意思があったから という点に尽きると思う。

日本に住む我々は、ソフトウェア技術は、生誕と同様に海外から日本へ輸入され、地域ローカライズをされて、国内に広まるものだという暗黙の認識がないだろうか? なぜ 「The New New Product Development Game」から「Scrum」が生まれ「スクラム」として日本に紹介され、「TPS」が「Lean Prodcution System」を通じて「Lean Software Development」としてソフトウェア開発に影響を与え、アメリカのエンジニアに感銘を与え、大野耐一氏の言葉が英語で日本のソフトウェアエンジニアに伝えられなければならなかったのだろうか?

ひとつは、日本における経験、知恵、思想が海外へ発表される機会が少ないのではということが考えられる。もちろんアカデミックな環境では、皆さん海外で発表もされているし、英語の論文も執筆されている。日本で圧倒的に足りないのは、実践者としての経験であり、知恵であり、思想の輸出ではないだろうか。ソフトウェアエンジニアは、海外の文献を読み、知識を吸収するための英語力に加えて、海外へ発信するための英語力をより一層高めなければならないと確信した。自分の回りにいる多くの優秀なエンジニア達の活躍を、海外という場で見てみたい。日本というローカルで育まれた知恵、経験を発表して賞賛される場を見てみたい。そして日本の知恵が海外に受け入れられ、世界中の業界に影響与える状況を見てみたい。

そして現在、その好例として動くソフトウェアとしてRubyがある。動くソフトウェアを作り世界という舞台に発表するという上記の流れにのっている。ここに知恵、経験、思想を加えて、

例えばソフトウェアについては、とりあえずプログラミング言語という共通語彙で記述され、多少のドキュメントがあれば、海外に出すことに関しては比較的容易だ。しかしその言語についての思想を語れる人がいなければ、 海外からの書籍を翻訳して輸入する

これらの心配が杞憂に過ぎないように望んでやまない。