持続可能な社会のためのソフトウェアのありかた、つくりかた
電通戦略十訓 に代表される大量生産大量消費社会 [1] から、 持続可能な社会 への変革を迎えるにあたって、IT業界、そしてソフトウェアのありかた、つくりかたについても大きな変革が必要だ。最近ずっと頭の中でもやもやっと考えているものを、脳内から漏れさせておくことにする。
IT業界は、他業界に比べて物理的な資材をあまり意識せずにきたため、環境に対しての意識が比較的低いと言えるだろう。例えば工場における ゼロエミッション のような動きはIT業界では聞いたことがない(あるのかもしれないけど)。もともと廃棄物などでない''クリーン''な業界だからだろうか?本当に? 持続可能な社会においては、IT業界も、他業界同様に様々な面で考慮すべき点が出てくる。
まずソフトウェアのありかたは、ハードウェアの進化(=大量生産、大量廃棄)に依存しない、ロースペックで十分動き、長い間使い続けることができるソフトウェアが求められる。その中で、開発効率とのバランスを考慮した環境が決まってくる。ITにおけるシステムも同様で、長い間メンテナンスを続けながら使い続けられるシステムが求められる。なぜなら、スクラップビルドでソフトウェアを作ることは、環境負荷がかかるしムダが多いからだ。しかしメンテナンスするよりも効率のよいスクラップビルドでソフトウェアが作ることができれば、その限りではないだろう。富豪的プログラミングができる時代は残念ながら終ってしまうのだろうか。
そしてそのソフトウェアの作り方についても環境負荷をいかに抑えるかがキーとなってくる。一番重要なのは 作っても使われない機能は作らない ことだ。言い換えると、必要な機能から順番に作り、無駄な機能は極力作らないということになる。そしてソフトウェアの複雑性によるリスクを回避するために、動くソフトウェアを作り、検証し、フィードバックを与えながら、完成度を高めていく開発手法が主流になる。そして、更に言うならば 作る必要があるシステムしか作らない ということが言えるだろう。大量生産大量消費社会においては、経済価値のみが重要視され、「掛けるコスト<得られるベネフィット」が満されると判断されたら、システムの価値があると言うことができた。しかし持続可能な社会においては、「(かけるコスト+環境負荷に対応するコスト)<得られるベネフィット」が満たされなければシステムの価値はないと言える。レスターブラウン氏が提唱する エコエコノミー の視点が必要となるからだ。
例えば1年で使わなくなるとわかっているのに、予算消化のために作るシステムがあるとする場合、経済価値のみで判断した場合は、コストはかかるが予算の消化なので少なくとも害にはならないと言うことができた。しかし持続可能な社会においては無駄に環境負荷を与えるという点で 害 であると考えるべきである。もはや「裏紙を使いましょう」というレベルでは済まない時代に入ったということに皆気づかなければならない。
もちろんソフトウェアには大いなる可能性が同時に備わっている。しかしすべてがバラ色というわけではない。例えばすべてのモノがネットワークで繋がれ、ケータイに様々なサービスが集約され、仮想空間上でビジネスが行われる世界。このような世界が、持続可能な社会という観点で本当に必要なのかという点については、これから常に考えていかなければならない。
まだまだ続く...多分。
| [1] | :ちなみに今の電通ではこの十訓は使っていなそうだ。電通批判というわけではなく、大量消費大量社会共通のスローガンとして紹介していることに注意されたい |
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