DevLOVE2009 Fusionで「The Back of "Agile"」の講演をしました

2009/12/12に行われた  DevLOVE2009 Fusionで、「The Back of "Agile"」という講演をしました。

講演依頼を受けてから、しばらく何について話そうか自分の中で迷っていました。私の最近の関心事の筆頭といえば、ソフトウェア開発におけるシステムの全体最適と、それを実際にどう実践するかという領域、そして持続可能性という大いなる目標にどう貢献できるか、という領域です。

しかし、自分がそこに至る道の中で、何を見て、何を考えてきたか、という点を話したいと思うようになりました。それは一介のプログラマがAgileという言葉の裏に何を見つめてきたのか、それを明らかにすることで、今のバズワード化しつつあるAgileという言葉に対する自分なりの意志表明、そして自分にとっての整理にもなると考えたからです。

資料上ではあまり見通せないかもしれないので、簡単に要約すると

  • 作るソフトウェアやシステムという対象だけでなく、開発者や顧客を取り巻く環境システムの複雑さに対して、どう立ち向かって目的を達成しようとするか
  • 以前から日本の製造業、あるいはシステム開発の現場では、そのように行なっていたはずなのだが、なぜかそのやり方が失われてしまった
  • 上記の考え方や、やり方をAgileという名前で取り戻し、発展させたのがこの10年ではなかったのか?

その結果

  • Agileという言葉の裏には、目的を実現するための、それぞれが相互作用を与え合う様々な領域のプラクティス群(=コンテキストに強く依存するパターン)が存在する
  • Agileという言葉の裏には、全体性を重視する。技術でカバーする領域、人の力を最大限に活用する領域、価値創造の領域などを **すべて** 内包する
  • Agileという言葉の裏には、やった/やらないの二元論ではなく、徐々に変っていくことができる度合いである

このような自分なりの見解を、自分がこれまで辿ってきた変遷を背景にして述べてみました。

講演の準備をするにあたって、2000年からの自分の活動をふりかえってみると、自分の立場が約3年単位で変ってきて、その状況に応じて視点が広がってきたということに気づきました。これは予想外の結果でした。(実はこの後で、引越しの単位もほぼ一緒の3年毎に行っていることもわかりました。これが自分の人生のリズムなのかもしれません。)そして、これらに対して、頭で理解するのではなく、自分が当事者になってストンと腑に落るまでにこれだけの時間がかってしまったのかと思うと、自分の歩みの遅さに改めて愕然とします。これもきっと「自分の変化の速度」と考えて受け入れるしかないのでしょうね。

私の場合、例え同じ本を読んでも、その時の興味対象や前提知識などによって、新たな気づきを得ることが多くあります。要するに読みが浅いだけなのかもしれませんが、今回の講演のために、自分も翻訳に参加した「アジャイルソフトウェア開発 スクラム」を読み直していてビールゲームの下りがあったのを発見した時に「ああ、やっぱりそうか」となりました。これに気づけたのは大きな副産物でした。

そして急遽資料の中に含めた平鍋健児さん、天野勝さん、角谷信太郎さん、中埜博さんには、その時その時で大きな影響を受けました(受けている)し、これらの出会いがなければ、今の自分はなかったのだなぁと感慨深いものがあります。心より感謝いたします。

そして今回の講演を依頼をしてくれ、貴重な場を提供してくれたpapanda氏とスタッフには、あらためて御礼を述べさせて頂きます。本当にありがとうございました。

DevLOVE2009 Fusionについての感想は別のエントリにて。